2014年06月19日

明逸人 作文2013

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』

 明 逸人
諦めれた、と思うんだけど、なんかかんかで首をもたげるんだろうね、いつのまにか。
いつまで戦うつもりなんだい。腹が出りゃいいのかな。戦ってる間は止まってるって事じゃんよ。

結局だから生き様が乗っちゃうんだから、役者なんてどう生きてきたかだろって思えば思うほど、俺は向いてねーよって思ったりもして。
いろんな種があったのに、ことごとくつぶして、ホント、間が悪いって言うの?
俺、ダメだよねー、即決できないっつーか、一拍開いちゃう。
感覚が鈍い。
だからセンスが無いって事だよね。本来の意味は”感覚”でしょ?Sense。
考える量が少ないんだろうな。だからいざって時になって考え込んじゃう。手遅れなのに。
あと勇気ね!ビビッてんじゃねえよ、言いてぇ事あんなら言えよ、みたいなね。
情けないよね!
それで果てしなく二枚目じゃないんだから、三重苦だよね、三重苦俳優ですよ。
そういうのはそりゃあもう舞台上でもあからさまに出るわけで。
憧れるわけ、男義ある男。別に屈強でなくてもいいの、三重苦の一個でも舞台上で無くなりゃいいの、でもそうはいかんのよね、むしろ増幅される。
舞台はアンプだ。
お、いい言葉出たんじゃない?
そもそもの生き様がボリュームアーップ。
んでタチが悪いのは本人は気付いてない。
うぎゃあ。
結局だから三重苦のまま乗るんだから、三重苦ですって言っちゃうしか無くって。
でもそれって恥ずかしすぎる!
だって好きくないから変わりたいわけでしょ?けど好きくない状態を晒すわけでしょ?んで最終的に好きな?憧れの男義マンになんかなれないわけでしょ。なれるの?やー、難しいでしょ。仮に近づいてたとしても、その過程でやっぱ舞台に立つわけでしょ。
や、腹くくるんだけどさ、結局は。

2013年04月30日

町田誠也 作文2013

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
word's of hearts 町田誠也

@仕事のスケジュールの調整がなかなかつかないこと。
A台詞がなかなか覚えられないこと。
B自分の余りの下手さにぽつんとしてしまうこと。
C稽古場がどこにあるのか解らず、迷子になること。
Dアップ段階で一人汗だくになって気持ち悪がられること。
Eどの現場でも最年長なのに、いつのまにか最底辺の地位に追いやられること。
F締め切り間近なのに脚本が書けず、泣きそうになること。
G僕が書いた脚本を役者が初めて読むときの空気に耐えられずに、泣きそうになること。
Hその後、読み終わってもはっきりした感想がもらえないこと。
Iもっと言えば、褒めてもらえないこと。
J懸命にイメージして試したことがコンマ何秒かで却下されること。
Kせっかく稽古場を押さえたのに、結局誰も来なかったこと。
L『劇団員になりたいです!』と言う人に、早速仕事を頼んだら、『あなたの使用人ではありません』と次の日にいなくなられたこと。
Mチケットがなかなか売れないこと。
N『まっちぃの舞台は必ず行くからね』と言って、一度も来てくれない人がいること。
O予約してたのに、『急に親戚の結婚式が入っちゃって』とキャンセルされたこと。
P仕事場での世間話で『劇団やってます』と言うと、『あ、劇団四季?』と言われること。
Q『違います』と言うと、『それじゃ、NACSのほうね』と言われること。
Rその「〜のほうね」の意味がよく解らないこと。
S観に来てくれた親から色々とダメ出しをされること。

 これだけ書くと、「なんでやってんだ?」みたいな話になるわけです。自分でもそう思うときがあります。
でも、演劇でしか味わえない感覚と言うのが存在するのも事実でして。
暗闇の中にある小さな光に向かって手を伸ばす。そんな感じで続けています。
 あ、それと、キャリアが浅いくせに年齢だけはいってるので、周りからはベテラン扱いされます。そんな気遣いは無用です。僕はまだまだ新人役者です。それでは。

2013年04月17日

イシハラノリアキ 作文2013

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
yhs イシハラノリアキ

 そういえば、むかしSKグループの「B計画」という作品に出たことがあるわ。20代後半の頃だったかな。
古崎瑛美ちゃんとも一緒に出たやつ。
あのとき本番だってのにセリフろくに覚えてなかった。
なにか俺がしゃべってそれがきっかけで照明が変わるっていうところがあるんだけど、
そのきっかけも忘れてるわ、きっかけになる言葉も出て来ないわ。
舞台上には確か俺一人だけだわ。片手になんかろうそく揺れてるわ。
数十秒、し〜ん、って状態。
全力で思い出そうとしてたね。
だからその、し〜ん、以外のこと、あまり覚えてない。
あれ本番が2回だけだったんだけど、2回ともそんな感じ。
2回めは数秒の、し〜ん、って状態に縮まってたけど。

 もっと遡ると、ヒステリックエンドの「ラブレス」という作品に出たことがあるわ。初演の。
それは20代前半の頃。
本番の8日前に出演を決めたの。役柄は4人主人公のうちの1人。
セリフね、完全には入らなかったね。やっぱり初日には、し〜ん、って時間ができてた。
2回目以降はだいぶスムーズになってたけど。

 どちらも良い作品だよ。
どちらも客席から見たかった。本当に。
私は本番で役者がトチったりするのが大好きだし。
怪我とか重大なダメージにならないような程度のトラブルね。
だから、今回は怪我とか重大なダメージにならない結果になるといいな。

 あとはね、稽古とかだと、演出の人がなにを言ってるのか理解できない、ってことになると困るね。
もう人生観というか人間観というか、ものの見方や考え方が演出の人に全然追いついてないときね。
土台からして全然違うところにいるから、あてずっぽうになっちゃったね。
おかゆつくれって言われてるのに火を知らないみたいな。
だいぶ時間がたって、10年とかたってから、火かーって思うこともあるけど。
火じゃなくておかゆだってのにね。

 yhsでやってる即興歌っていうのもね、本当に即興なんだよあれ。
南参や能登からお題出されてそれで歌って笑いとって下さいねってバカじゃないの。
困るよ実際。やってみなよ皆。

渡辺友加里 作文2013

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
札幌ハムプロジェクト 渡辺友加里

 2013年4月現在私は21歳です。
お芝居を始めたのはたしか...19歳。
ここ何年か「若い」って言われることは何度も何度もでした。
そして私の予想、もう何年かは言われ続けるんです。

別にもうそのこと自体どーこー思うことはなくなりました。
なんだか捻くれていた時期には「なめてんだろ??はいはい。」みたいに思う割に、年取るのが怖いみたいなことを言っていて(笑)矛盾矛盾。
若いなんて言われて当たり前なのに。だって、若いんですもん。

でも考えてもみてください。
将来の夢とかなんかを書いていた時期の私が思い描いていた『おおきくなったら...』ってきっと、今頃の私です。
さあさあ、おおきくなった私。思い描いた通りになっていますか?夢は叶いましたか?

そんな若い私はそれでも確実に年を取っていて、それ相応に頭も年を取ってきている気がします。
でも、私が望んでいるのはそんなことではなくて。
1つも2つも進んだものです。望みとしては3つも4つも進んでいたい。
「それ相応に」なんてつまらないこと選択肢にはなし!「なんです。

だとすると、ですよ。
「人並みの」努力とか、「人並みの」頑張るでは
やっぱり、やっぱり、「それ相応に」年ばかりを積み重ねます。
だとすると、ですよ。
私に立ち止まるとか、休むとか、考えないとか、進まないって選択肢は考えられなくて
もう本当にやることしかないんです。やることがたくさんなんです。
しかもしかも、私が考えていることは

「人並みに」ではなく「一刻も早く先にいること」らしい。

では、
今現在2013年4月21歳の私では、何も足りていないんです。
なんてこった。困りました。

これから私は何になるのだろう。私のうん年後はどうなっているのだろう。
そんなことをいろいろ考えたりもしますが、頭のどっかにそんなことも思いつつも
私がいろんな人になめられないためには、
進むしかないんだと思います。

...この苦悩も年とともに変化したりするのかしら。
......は!また考え事!それは片隅に置いて!筋トレでもしてよ!私!

2013年04月16日

竹屋光浩 作文2012

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
札幌ハムプロジェクト★東京支部 竹屋光浩

 最近、アルバイトが全然決まらないことが困りの種でした。面接のとき「演劇の本番で一週間休みます」などとバカ正直に言わない方がいいのではないか、と真剣に悩みました。
 この間ゾウ出演の若者同士で、このような小さな困りごとはみんな経験する、と話しました。お金がなかったり、親と不仲になったり、夢追い人だスゴイ!と簡単にちやほやされたりと色々困りますが、結局みんなぶつかるところは同じなら、さっさと抜け出さない手はありません。アルバイト先をさっさと決めて、何故自分は演劇をやってるのかを真剣に考えて、困っていきたいと思います。

久松正博 作文2012

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
札幌ハムプロジェクト★東京支部 久松正博

 演劇をしていて困ったのは、アルバイトの面接になかなか受からなかったことです。「芝居の本番があるので一週間まるまる休む時があります」と正直に言うと、だいたい落とされました。
そのせいではなく、他にもっと問題があったのかもしれないんですが。
 全然受からなくて、どんどんお金なくなって、大変困りました。
「結果は一週間以内に受かった場合のみ電話します」ってやめてほしいですね。待ってる一週間は、下手に他のバイトに応募できませんし。
 それでも、正直に芝居があるのでと言い続けて、今は理解ある店長のもとコンビニで働いてます。今週、休ませてもらってます。感謝。

雲所茜 作文2012

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
雲所茜

 劇場ってけっこうほこりがすごかったりしますよね。わたしはどうやらアレルギーがあるみたいで、すぐ顔がかゆくなります。以前、本番の期間に薬がなくなってしまい、それはもう大変でした。顔中かさかさでした。今回はまだ薬は充分あるので、それを塗りながらがんばります。

川口明男 作文2012

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
川口明男

演劇をやっていて困ったこと。
演劇をよく知らない人に演劇をやっているということを話した時などに、台詞覚えてすごいよね、自分達で舞台セットも作るんでしょ、すごいよね、脚本も書くんだ、へー、すごいね、など言われると、とてもありがたいことですが反応に困ります。
あと困った事と言われれば、こまったさんシリーズのこまったさんと、幼稚園時代の箸入れに描かれていた熊が「くまったなぁ」と呟きながら見事な困り顔をしていたことを思い出します。以上。

佐藤広大 作文2012

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
札幌ハムプロジェクト★東京支部 佐藤広大

 演劇で困ったことは、台詞を覚えることで困ってます。意味が分かってないと覚えられないし、台本を理解してないと覚えれません。暗記と覚えるというのは全くちがいます。分かって台詞を言うのと、分かってなくて暗記で台詞を言うのではすごい差がでると思います。暗記で覚えたことを言っても、嘘をつく事と同じになるし、分かったふりをして台詞を言っても見ている人達には、「分かって言ってないんかな」と思われる。
 そう思われたくないし台詞覚えるためには、分からない言葉があたったら調べて意味を知る事と人より台本を読んでどれだけ理解できるか。けどそんな簡単に台本を理解できません。理解するためには知識をつけることも大事だと思います。

野坂梨奈 作文2012

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
野坂梨奈

 始まりは、中学3年生でした。特にやりたいことがなく、特に学校に楽しさを見出せず、何となく生きていた時でした。そんな時、演劇に出会ってしまったのです。文化祭での演劇部の芝居を観て何を思ったのか、演劇部に入りました。明確な理由は、今となってはもう思い出せないのですが。もしかしたら、小学校時代の学芸会での思い出が過ぎったのかも知れません。
 それからは、人生において常に2択を迫られ続けることになります。演劇を取るか、大学を取るか。演劇を取るか、ラクロス部を取るか。演劇を取るか、恋愛を取るか。演劇を取るか、会社を取るか。試しに、違った世界に足を踏み入れても結局は演劇を取ってしまうのです。演劇に未練があるのでしょう。辞めたいと思ったことは、数え切れない程あります。でも、辞められない。もしかしたら、一生この2択を迫られ続けるのかも知れません。そう考えると、正直鬱になります。度々引き篭もることになります。意志が弱いので。今回、札幌ハムプロジェクトさんのお話がなければ、引き篭もり記録を更新する所でした。出演予定の公演が終わったら、今度は演劇を取るか、まっとうな人生を取るか…そんな2択が待っているかも知れません。
 恐ろしいことに、まっとうに働いている時は全く生きた心地がしませんでした。地位も、名誉も、経済力にも、全然興味がありません。命の次に大事なのは、台本です。それ位、自分の中での演劇という存在は大き過ぎるのです。演劇以上に大事なものを見つけたいと、願うばかりです。

目黒杏理 作文2012

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
目黒杏理

 演劇を自分の意志で始めてから約9年が経ちます。そもそも幼稚園の先生になるために親に短大へ行かせてもらったのに、先生にならずに演劇を始めてしまいました。
 演劇を始めたばっかりに、バイト生活で、まず肩書きがフリーターというところが少し困りました。何となく世間的にどう思われるかとか考えてしまいました。
 世間の目には慣れてきたところ、今度は金銭的な問題です。実家生活を卒業し、当時所属していた劇団に近い家で一人暮らしを始めました。公演前は朝から晩まで稽古や作業で、バイトもほとんど出来ず、家賃は親に頼り、同年代の働いている友人が自立している姿を見ていると情けなくなったこともありました。
 でも、そんなみじめな気分になっても、演劇を続けてしまっているのは、やっぱり舞台に立った時の楽しさ・ドキドキ・わくわくが忘れられないからです。
 本番が始まる瞬間、照明が消える瞬間、照明がついて観客の目が自分に向いてると感じた瞬間、一つ一つが毎回新鮮で、色々辛くてもやっぱりまた舞台に立ちたくなります。
 演劇は生だから、ミスしてもやり直し出来ません。だからいい話でも見に来た日によっていろんな感想をもらいます。そこも困る事の一つです。とにかくもどかしい…けど、全部パーフェクトに出来ても面白くないのかもしれません。
 あと、演劇は見るのも大好きですが、とりあえず全体的にお金がかかるので沢山見に行きたくても私の稼ぎでは行けません。本当に見たいものはチケット取れなかったりもするし見逃している良い作品も多いと思います。映画とかテレビならいつでも何回でも見れるのに…と思いつつそれじゃ演劇の良さがなくなるかと思ったり。
 演劇には私にとって魅力がありすぎるので、見るのも演じるのもやめられず、全てにおいて困るなぁという感じです。

白石直也 作文2012

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
E-Pin企画 白石直也

 白石直也。三十路。男。
 舞台本番初日、某劇場、全く台詞が入っていないにも関わらず舞台の幕が上がる。第一声すら覚えていない。
しどろもどろ。てんやわんやだ。うわ〜全身の血の気がひいたよ〜。という夢をみる。
 職業は?という記入欄に、役者と書くかフリーターと書くか困る。役者と書いて提出したら、渡された人は多分チラリと顔を観るけど、なんだこのもじゃでかはと思うんだろうなぁ。フリーターと書いて提出したら、渡された人はもしかしたらチラリと顔を観て、あぉんフリーターねぇと思うんだろうなぁ。
 悪い役をやると、姪っこ二人に嫌われる。
 家に台本を置いとくと、93歳になるばぁちゃんが読んでいて、口癖かどうか『ぜんぜん意味わからないわ。』と言う。
 小劇場での開場中、楽屋まで聴こえるおっきな声のおばちゃんが入ってきた。お腹がきゅんとなる。わたしの母ちゃんだよ。
 たまのたまに、わたしの芝居を観にきた兄ちゃんはなんか優しい。ジャンレノに会えた。嬉しい。
 お金が無い。寂しい。
 お酒がおいしい。楽しい。
 ご飯がおいしい。幸せ。
 最愛の人に出逢えた。ありがとう。

菊池美里 作文2012

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
菊池美里

 私は約12年、役者をやっている。始めたきっかけは、とある役者集め目的のワークショップに参加したことである。人の前で演じる、ということ自体はとても恥ずかしかったが、笑われるのではなく、笑わせている、という実感に病みつきになった。それからずっと演劇をやっている。やっているが、実際の費やす時間は、演劇よりバイトの方が長いし、バイトそのもの別に嫌いではない。演劇のみの人生なんて無理だし、役者バカでもないし、舞台の上で死にたいとも思わない。親だって、結構いい役で頑張ってる芝居を10本見せられるより、孫の顔一つ見る方がいいに決まっている。そりゃ結婚しろ孫の顔見たい、言うわ。ごめんね。バイト先の人など、割と無闇に演劇に理解がある。「やりたいことがあるのはいいことだ」「やれるうちはやった方がいい」「私も昔はかじってたのよ」「劇団って、四季?」「私の友達の息子さんもやってるの。同じ劇団?」同じ劇団だった試しはないが、全く取っ掛かりないよりは、話しやすいので助かる。そして、こういう人にたまに聞かれる。「どうして演劇やってるの?」自分が諦めたり、関わってこなかったもんだから、特別な答えを期待している。私が12年演劇をやっているのは、やめる理由がなかったからだと思う。初めのうちは、自分を表現できるから、  みたいなことを言っていた。期待に答えられそうな無難な答え。でも実際は、やめる理由がないから。孫の顔を見たい親に申し訳ないくらいそんな程度だ。この年になって12年続けていることを、今後も続けていきそうな理由を尤もらしく答えなくてはならない。面倒くさい。困った。

杉木隆幸 作文2012

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
杉木隆幸

演劇で困ったことなんてあったかしら、と思いながら、この文章を書き始めてます。ここは一つ、過去を振り返ってみることになりますよね。お芝居をはじめたのは18歳(書いてびびるし、18歳の頃が自分にもあったのか、そらあるか、でも、と思ってしまう)だったのでした。遠い遠い18歳の頃の自分、記憶がだいぶ曖昧になっていますが、おもしろいもので初舞台の記憶は残ってます。それまで人前に出ることを好んだ生活ではなかったもので(それは今もあんまりかわらない)、極度の緊張から、舞台裏から飛び出て台詞を嘔吐して引っ込んだ記憶があります。照明で目が馴染まず、ぼんやりとした客席が映像で残ってます。そんなスタートでしたから、「お芝居を楽しんでやれること」が目標になったんだろうなぁと今は思います。で、「楽しんでやらなきゃ!」なんて「考えて」しまったことは、だいぶ困ったことなんじゃないかしら。楽しい時ってのは、だいたい気付いた時に「楽しい」もんじゃないですか。そんなことを目標にしても成せる訳ないのですよ、きっと。お芝居は役者が居て、脚本書く人がいて、稽古場でお芝居を作りあげる人がいて、照明のプランを考える人がいて、音響のプランを考える人が居て、舞台美術を考える人が居て、まぁこのほかにも大事な役割がありますわね。役者としてなかなかなトラウマ体験をしたわけですが、それだけを考えていくことにならなかったのは、お芝居1年生だったから、お芝居を構成する他の要素にも目を向ける必要があったからだと思います。今、思えば。そんなこんなしながら芝居を続けて、遊気舎に出会います。遊気舎は劇団の名前です。そこには楽しいことしかありませんでした。「なんだこれは」と思いました。で、遊気舎の後藤さんの演劇クラスに通ったりします。そこからなんだかんだお芝居します。その時にやれることをやりながら、だんだんお芝居に慣れていきます。で、ハムさんに出会います。それまでやってきた事を全部ひっくり返してくれました。「飯は鼻からも食える」みたいなことを平気言うわけです、普通の感覚になおすと。で、それが楽しかったりしてます。書きながら今困っていることに思い当たったのでいいますと、「芝居だけしてたい」です。これは本当に困ったことです。本当に。

若松綾子 作文2012

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
AB[a:be:] 若松綾子

 「芝居をやめる事が出来ない事」に尽きます。ずっと前から感じてはいました、やめると決めてしまえたら、真っ当な人生が送れるんじゃなかろうか…と。でも、同時にこうも感じていました、その時は無理に決めるんじゃなく、自然に訪れるのかも知れないなぁ…と。
 役者とは、苦くて、苦しくて、嬉しくて、イライラして、ウキウキして、爆発して、爆笑する。そんな仕事だと思います。やっぱり楽しくてやめられません。
 だからこれからも、行ける所まで行こうと思います。この地球のチョイデブの星になりたいの、私は!
 あ、あともうひとつ言えば、相方の後藤ですかね(笑)
芝居をやる上で、困ります、色々と。困った人です。そのお話は、次の機会にでも…。

後藤文一郎 作文2012

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
AB[a:be:] 後藤文一郎

 まずお題の「演劇」という言葉を「芝居」に置き換えさせてください。何故なら僕は演劇をやってるつもりはなく、芝居をやっているつもりだからです。どう違うのか、という定義はさて置き。
 いかに困ったか?今は大分和らいだつもりですが、30歳前半でやってた頃稽古場で随分怒りました。それは女房ー当時は同じ劇団員でしたが、彼女が良く知ってます。どういう怒り方か? ー声を荒げて怒ってました。「クールだけど怒ってるよね」とか「顔は笑ってるけど目はそうでない」とかそんなある種カッコいい感じじゃなく、あからさまに怒ってました。それでよく注意されました。「怒る理由は分かるけどもう少し言い方を変えたら」「稽古場の空気が悪くなるから怒るのは良くない/やめるべきだ」
 そんな事を女房に良く言われたし、怒った相手が彼女だった時には喧嘩でした。そんな事が続き、やがて気難しい人と烙印を押されました。まぁ当然だと思います。でも孤独を感じました。
 この孤独を感じながら集団で芝居を続けるのが、困ったと言うよりキツカッタ。自分で蒔いた種とは言え良かれと思ってやっていたので、それが否定されるのはつらかったし、しんどかった。
 だんだん怒ってもいい結果が出ないと知り、怒らないように心掛けるようになり、その辺りから少しづつシンドイ思いから解放されていきました。今は結構笑い話にもなり得てるし、幾つかの怒った現場は逸話にもなってます。
 これが「いかに困ったか」の経緯。そして以下に記すのが「いかに困っているか」という現在進行形です。
 怒らずにやり過ごすようになってきてます。これって由々しき事です。だから“今”困っている事は、「以前のように怒らず、だけどやり過ごさないようにするのはどうしたら良いか」それがまだきちんとわかってないことです。

セガワケイ 作文2012

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
札幌ハムプロジェクト★東京支部 セガワケイ

 もちろん、金、時間、将来なんていうものは同年代のきちんと就職をした人達に比べると困る。比べちゃったら、そりゃあもう。演劇を中心に考えるもんだから、ちゃんと就職もせずバイトを選び経済的には不安定な日々。金銭感覚は学生時代から全く変わらず、コンビニのおにぎり一つにしても値段を気にせず買うことは出来ず。今年で26歳。
 25歳になった辺りから徐々にいろいろなことに困りだした。ちょうど環境の変化があったこともあり。「年金って…」、「保険って…」、「確定申告って…」等々。たぶんこれからが本格的に演劇で困りだす頃なのではないかと思う。
 今年の末には甥か姪が生まれる。その子が物心ついた頃に聞かれるかもしれない。「叔父さんは何の仕事してるの?」うーん、なんと答えているだろうか。そんなことを考えている現在、芝居のために東京へ行き、無職の状態。
 親は反対をしていないが、内心不安だろうに。いつまでやるのか?結婚はしないのか?そもそも彼女すらいないのか?それは演劇のせいではない。ともあれ、学生時代の友人が結婚する年齢になってきた。自分だって考えないわけではない。しかし、今の状態ではまず無理だろう。まあ、それも優先順位を替えればなんのことはないのだろうが。
 結局なんやかんやと思いつくことを書いてはみたが、結局演劇のせいで困ったというより、自分が困った人間だっただけのように思える。演劇を選んでいなくても、なんだかんだ困ったことになってただろうに。これは困った。

古崎瑛美 作文2012

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
札幌ハムプロジェクト 古崎瑛美

 普段は札幌にいます。○○の人東京大会に参加したくて、一ヶ月半東京に住んでます。札幌を出て、仕事もせず演劇のことばかり考えられる毎日。のわりに、余計なことを考えたり目先の楽しいことが多くて困ります。
 私は、11年やってきた演劇をこれからもやっていく覚悟ができてません。今が良ければそれでいいっていうのが大きくて、だから平気で借金してまでも東京にいます。札幌に帰ったら返済のために朝から夜まで働く予定です。「東京で楽しんだのだから、それ位の苦労はしょうがない」って思ってました。思ってたのに、思いこんでいたのに。「そんなんしてまで、演劇をやることはない」と気づかされてしまったのです。これから先ずっと演劇をやっていくためにもっと考えないと。そもそも私はこの先もやりたいのか。何をやりたいのか。どうやりたいのか。何になりたいのか。もういろいろ考える時期なんです。困りました。舞台に出たいから!って理由だけではやっていけません。演劇が好きだから!好きってだけではやっていけません。・・・・・そして本当に好きなのか?好きじゃないならやらないはずなんです。演劇しかないからやってるのか。そもそも本当に私には演劇しかないのか。考える時期なんです。考えたくないです。困りました。
 ハムプロにいると役者以外のことも何でもやらされます。「役者だけやってたって、うまくならない」の教えは、正しい。昔は、「演劇がうまくなるために」ってことばかり考えて、照明衣装などなどやってました。ま、そんな考えでやってたんじゃあうまくいかない。照明音響衣装大道具小道具制作事全ては演劇がうまくなるためのモノじゃない。それらがあって、脚本演出とお客さんがいて、やっと舞台に立たせてもらうのだから、役者が下手くそで考えがなくて馬鹿だったら終わってると思ってます。
 そんな私は、何もかも中途半端です。努力がたりないんです。やることなかったり、ぼやっとしたり、暇してる場合ではない。だからせめて1つ。出来たことにして、良くなったことにして札幌に帰りたいです。その為の努力はきっと大変だ。困りました。

能登英輔 作文2012

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作文『私はいかに演劇で困ったか。』
札幌ハムプロジェクト 能登英輔

 そもそも何故役者やってるのかというと。「キミ、イイネ」の言葉。褒められて嬉しかったという単純なところが始まり。高校入学して、特に何の興味もなかった演劇部に何となくの流れで入ってしまい、役者をやるなんてこれっぽっちも思わず照明をやっていたんですが、人手不足のためにちょい役で舞台に駆り出されたのです。高校二年の秋。ホントにちょい役だった僕に、ゲネを観に来ていた先輩が何故か「キミ、イイネ」と。もちろん一生懸命やってはいましたけど、あんな役だったのに観てくれている人がいた!!ってのがものすごく嬉しくて。感動したのを覚えています。役者やりたくなったのはそれがきっかけです。
 さて、前置きが長くなりましたけれども。「困ったこと」ですが。
もともと芝居を観るのは好きじゃなかったんです。物事を斜めから見がちな性格のせいか、素直に受け取れないもので。大きな木を見て、両手を広げて「わあ!大きな木!!」って…言わない言わない!!とかね。棒読みで棒立ちで「でけー…」って言った方がよっぽどイイ!!って思ってたのです。単純な例ですけど。
 そんなわけで、自分が舞台に立つ時はなるべく普段していることをしたいと思ったんです。普段びっくりしたらどうなるか、普段怒る時どうしてるか、とかとにかく「普段」「普通」ってのを考えてました。誇張している部分はありますけど、あくまでもベースはそこに置きたかった。目線だったり呼吸だったり間だったり仕草だったり。細かいとこ。その細かさにこだわったりしてました。
 でもある時「お前の演技はつまらん。評価するのは玄人だけだ。」と言われまして。ここでの「玄人」というのは「芝居をやっている人」という意味でしょう。「素人のお客さんが観てて、普段やってることをやったって面白いとは思わないんだよ!」と。何というかガラガラーっと崩れる感覚でした。自分の信じる土台を根こそぎ持って行かれたというか。じゃあどうしたらいいのかってのが全くわからず。「大きな木!!」は絶対やりたくなかったし、でも褒めてもらいたかったし認めてもらいたかったし。何だよクソがー!わかんねーんじゃハゲー!下手くそなことやりたくねーんじゃボケー!とよくわからない憤り。
 わからなかったから結局元に戻りました(笑)「いい!」ってなったんです。舞台上では自然でいたいって思ってやってきたんだから、それで行こう!それで必要ないと思われたらそこまでだ、と。幸いなことに必要ないとは言われなかったし、評価してくれる人もちらほら現れてくれたので、まだ舞台に立ててます。もしかしたら、面白くないという言葉があってそれで何かが変わったのかもしれないですけど、正直な所わかりません。
 これが僕の「役者で困ったことについての作文」です。子どもの頃の夢はプロ野球選手です。

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